年末年始に放送されたNHK「BS世界のドキュメンタリー」の「ヒトラーのスーパーカー」の録画を消化しました。
今から80年ちょっと前に、ヒトラーが作ったアウトバーンで時速400kmを超えた速度競争をしてて、頭おかしいにも程があるだろと思いました。

ヒトラーのスーパーカー

ヒトラーがドイツの自動車産業を育てたり国威を発揚するためにアウトバーンやフォルクスワーゲンを作った事は知っていましたが、自動車レースも推奨していたのですね。
それでユダヤ系レーサーの駆るアルファ・ロメオをドイツ勢が下すと、競争はアウトバーンでの最高速チャレンジに移行。
ヒトラーはメルセデス・ベンツとアウトウニオン(アウディ)を競争させ、1937年にアウトウニオンのドライバー、ベルント・ローゼマイヤーが遂に時速400km超を記録します。
しかし英雄となったローゼマイヤーは翌年もベンツと最高速チャレンジを続けた末に、風速30kmの横風を受けて事故死。
その死すら国葬にされ、ナチスの国威発揚に利用されてしまいます。

ここで番組は終わったのですが、事故から67年後の2005年に、フォルクスワーゲンと合併したアウディから、(ある程度)安定して時速400kmを出せるブガッティ・ヴェイロンが市販されます。
技術の革新と言えば聞こえはいいですが、それまでは技術的に不可能、かつての時速400km超えの最高速チャレンジは人命を使った実験だったということに。

つまり最高速チャレンジは人道的にアウトだと思われるのですが、何を思ったかアウディジャパンは実験に使った車をTwitterに誇らしく掲載。
この車で最高時速の記録を出した人が、生まれたばかりの子供を残し、28歳の若さで亡くなったと知ると、何ともいたたまれない気持ちになります。

https://twitter.com/AudiJapan/status/801062725811990530
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